4. 被害者インタビュー

私たちPOM2は、毎年夏休みを利用して、支援しているPROという団体があるタイに訪れます。タイを訪れる理由は別の項目で詳しく説明しているのでそちらをご覧下さい。私たちPOM2は、タイを訪れる際、実際に地雷の被害に遭った人々にインタビューを行います。「地雷」によってどのような被害を受けてしまい、どのような気持ちになり、被害を受けてからどのように生きてきたのか、それをしっかり知っておかなければならないからです。ここでは、2010年度に行った2つのインタビューを掲載しています。

WUECHAI・POHTANさん(53)

タイ東北部のカンタララック地方での地雷被害者は50人、彼が住むプンサラン村での被害者は20人だそうです。チェンマイの義足センターで義足の作り方を学び、自らの義足を作ることはもちろん、他の被害者たちの義足も無料で作成しているそうです。

1981年に事故に遭い、2010年4月から毎月500バーツ(日本円でおよそ1500円)が生活費として政府から支給されているけれど、「まだまだ不十分でありもっと早くから支給してほしかった」と語ってくれました。5人の子どもがおり、屋根に用いられる草を1ピース10バーツほどで売って生計を立てているそうです。

地雷については、カンボジアへ国境を越えて行ったことがあるため、事故に遭う前から知っていたそうです。地雷を踏んでしまったときは、「何かが爆発して体が跳ね上がっているように感じた」そうです。一緒にいた仲間には、「自分で安全な場所に移動するから助けにくるなと叫んだ」と語ってくれました。幸運にも事故から1時間半程度で病院に行くことができましたが、事故1時間後には喉の渇きと眠さを感じたそうです。

プンサラン村では1973年から1983年の間に多くの地雷事故が発生していましたが、現在では地雷教育が進んだため、事故の発生件数は減少しているそうです。彼自身、30年前に国境付近で兵士として戦っていたときに、夜間の敵の侵入を防ぐために自分の周りに地雷を埋め、朝になると掘り出していたと言っていたのが、「地雷」という存在の近さを物語っていました。

MEE・UTTHAPONGさん(61)

彼は、40歳の時と51歳の時に1度ずつ、計2回地雷の被害に遭ったそうです。どちらも食料や材料を採取しに行った際に遭った事故でした。1回目の事故当時は地雷の存在について知らずに被害に遭われたそうですが、2回目の際には、地雷の危険性について十分理解していたそうですが、それにもかかわらず、被害に遭ってしまったそうです。

9頭の水牛と9人の人の後について移動中に事故に遭い、彼以外は無事で、彼は非常に運の悪い思いをしたそうです。60歳を超えているため、毎月政府から500バーツ(日本円でおよそ1500円)の支援を受けていますが、4人の子どもがいるため1000バーツ(日本円でおよそ3000円)は生活に必要だそうです。政府は都市開発を最優先事項としており、地雷被害支援の優先順位は低く、私たちが支援しているPROも政府からの支援はされていません。しかし、GGP(Grant Assistant for Grassroots Project)という日本政府による、貧しい人が基本的な生活を送るための支援が存在しているそうです。彼は、願いとして、地雷問題の啓発を国際レベルで行い、地雷禁止を訴えていくほか、地雷被害者の職業支援も政府が適切に行うべきだという訴えをし続けてほしいと語ってくれました。